こんにちは。今日も今日とて、スキマ時間の「10分運動」にいそしむわたしです。
これまで38歳のわたし自身のことや、職場の50代の先輩の話を書いてきました。 今日は、97歳の祖母のことをお話します。
祖母は今も、毎日自分の畑に通っています。 若い人でも息が切れる急な坂を、ゆっくりと。
お風呂も一人で入り、友達と旅行にも出かけます。
「畑、来年はこんなものを植えようと思ってるんだわ」と、当たり前のように話します。
97歳になっても、来年を楽しみにして、自分の足でそこへ向かえる。 今日は、そんな祖母の姿から考えた「自分の足で生きる」ということの価値について書いてみようと思います。
97歳、坂を歩く
祖母の畑は、家から坂を下った先にあります。 軽トラックで行けばすぐの距離かもしれません。けれど祖母は歩きます。 ゆっくり、着実に一定の歩幅で。
冬場は朝ごはんを食べて日が昇る9時くらいから、夏場は「朝飯前」の5時から、畑の作付けの状況によって2時間くらい働きます。 我が家は小高い山の中腹にあるので、必然的にどこに行くにも坂道を歩くことになります。
夏の強い日差しの日も、冬の冷たい風の日も。「今日は暑いねぇ」と言いながら、それでも足を止めることはありません。
ゲリラ豪雨に見舞われたときも自分の脚で帰ってきました。 キリギリスを見つけては、孫のために捕まえてきます。
若い人でも息が切れるので憂鬱になる勾配を、手押し車を押しながら往復1300m。往復40分。
これを草むしりのある夏は2回往復します。 帰りは収穫した野菜を載せて帰ってくるので、行きよりも少しだけ足取りが重くなります。
それでも一歩一歩、確実に歩いていきます。 これが、祖母の毎日です。

数字には載らない「健康貯金」という投資
そんな祖母の人生は平坦ではありませんでした。
30代で夫を亡くし、貧しい中で必死に子どもを3人育ててきました。 なので、今も裕福ではありません。
その代わり「健康」という何にも代えがたい資産があります。
健康なので祖母には人とのつながりがあります。 友達と毎年2回の温泉旅行。畑への道中に会うご近所さん。
どちらも、何億積んだとしても健康がなければ手に入らないつながりです。 通帳の残高のように数字には表れないけれど、人生の最終盤に資産になるのは健康で自由な身体なのだと祖母を見ていて感じます。
自分の脚で生きる
「97歳になっても、当たり前に来年を楽しみにして、自分の足でそこへ向かえる。これ以上の資産って、この世にあるんだろうか」
祖母を見ていると、しみじみとそう思います。
わたしたちママは、日々の生活のため、子どもの教育費のため、と「お金」という資産はとても気になるのに「健康」という資産には無頓着になりがちです。 子育てをしながら働いていると、健康について考える暇がありません。
ですが、そんな中でも生活の中に健康を支える習慣のある人は強いです。 例えばジムに行かなくとも、出勤のときに一駅歩く、家でスクワットする・・・。
そういったことが、60年後の「自分の脚で生きる」というお金では買えない資産に繋がっていくと思っています。
60年後のわたしたちへ
今の10分は、未来の自分への「自由」の積み立てです。日々の忙しさの中で、自分のために10分使うのは贅沢に感じるかもしれません。 でも、それは60年後のわたしたちが「来年の畑」を楽しみにするための、大切な投資。
毎日はできないかもしれません。完璧でなくていい。祖母も雨の日は休みます。 階段を選んで歩いたり、子どもと散歩したり、そんなことの積み重ねが健康で自由な老後の準備になります。
60年後のわたしは、どんな坂を歩いているだろう。 そのときも「来年」を楽しみにできる足でいたい。 今日の10分は、そのための小さな積み立てです。一緒に歩いて行きましょう。
ではまた!

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